鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)
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鉄よりも、重い夜


未野は猫爪三本の<ムスタング>を構えた。
照れと緊張のせいでフロアを見ることはできないけれど、帰省している姉からは会場入りしたとのメールをもらっている。
幸也の新しい娘[こ]はフロアの後ろあたり。ひかえめではにかみ屋だった。
ゆかりと大輔はステージの手前にいるはずだった。


ステージの袖でペンライトの光が輪を描いた。キューだ。


未野は息を吸い、スチールの弦にピックを添え、はじいた。
狙い通りのひずんだ音が鳴る。
閉じたまぶたの一点を見据え、コードにコードを重ねていく。
記憶が呼び覚まされる。


夜の空。
<ムスタング>のボディが腰に跳ねる感触。
壁面をひとり滑り落ちたこと。
記憶がギターコードに変じていく。


<パレスハイツ>の一件から数日後、ゆかりは自分を含めた全員をタフだと評した。だれも睡眠薬やカウンセリングの世話になっていないというのがその理由なのだが、未野は大家から聞かされた話がショックを和らげたのだと思っている。


田宮が企んだことは非情だったけれど、「箱から出たい」と願う気持ちはわかるような気がした。田宮は大家を透[とお]した外の世界に、手を触れたかったのだ。
それを思うとき、未野はいつも泣きそうになる。


未野は勢いよくピックを切った。ブーツの底がステージを撃つ。
<ムスタング>を跳ねあげ、スチール弦で空[くう]を裂く。
正輝のベースと幸也のギターが両翼に添い、舞い上がる。
倫ちゃんのドラムはまるで鋼のつるべ打ち。


月の光。背にまわされたゆかりの手は熱かった。
猫が飛びかかってきた瞬間を覚えている。あのとき未野の胸に生じたのは、言葉にできない、金属的な質感だった。
心が体を超えて加速したかのようで、白刃のごとく闇を左右に裂きながらその先の、遠いどこかへ届いたのだ。


未野はピックを切る。
オークのボディが共鳴する。
歌詞にはないコーラスが入る。
幸也が声を張りあげている。
倫ちゃんの血が沸き、正輝の汗が霧となる。


未野はピックを切る。
切って切って切り続け、スチール弦を灼熱させる。
氷はとけて流れ去り、手の届かない場所が探せない。


目を開くと、まつ毛の涙が光輝にはじけた。

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鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)