鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)
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鉄よりも、重い夜


未野の背後で猫の鳴き声がした。子猫のようだった。けれど、見まわしても姿がない。


廊下のすぐ前にはツゲの植えこみがあって、建物の突端まで続いている。その物陰にいるのだろうかと目をこらしてみたが、見あたらない。呼び寄せてみようと舌を鳴らしたとたん、鳴き声がふたつに増えた。甘えているのとも発情しているのとも違う、どこか威嚇的な響きだった。


未野は友人の部屋へ至る階段をのぼり始めた。一段一段踏みしめていたのを、途中から二段ずつまたいで駆けあがった。


陣内ゆかりは、未野が沖縄から佐賀大学へ進学後初めてできた友人で、四年をすごすうちに親友と呼べる間柄になっていた。一六五センチを超える体は細く、切れ長の二重まぶたに刷くアイシャドーは華やかな色も落ち着いた色もよく似合う。酒に強かった。


<パレスハイツ>は「四[し]」の数字を避けていた。だからゆかりの部屋は六階建ての最上階にあって、番号は七○六号。各階五戸の廊下の最西端だった。


七○六号室はドア越しに音をとどろ轟かせていた。未野ともども肩入れしているロックバンドの楽曲のようだ。


だけど、この音量。チャイムを押したところで役に立つのだろうか。


未野の疑問に反してゆかりはチャイムに即応した。ゆかりの笑顔が現れるのとともに、溢れた音源がしじまを割る。未野は首をすくめたが、思えば怒鳴りこんでくる隣人などいないのだ。


相手の耳に届くよう、声を張りあげなければならなかった。
「いいところに住んでるね」
「でっしょう?  酔っぱらってもだれの迷惑にもならないし」
そう言うゆかりの呼気には、ビールの香りがある。だが、酔っているとは思えなかった。それを証明するかのように、ゆかりが目ざとく指摘する。


「目、どうしたの?  泣いたの?」
内心の動揺を隠して、未野は用意してあった答えを持ち出した。

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鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)