鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)
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鉄よりも、重い夜


幸也の部屋を辞去するとき、がんばってね、と未野はぎこちない笑みを作ったのだが、どういうわけでそうしたのか今となってはよくわからない。


裏切られたことを知った直後のショックと怒りは去って、分厚い氷に頭上を閉ざされたような気分だった。
なじみある感覚。


透[す]き通った氷の向こうにみなの楽しげな様子がはっきり見えるのに、笑いさざめく声は届かない。
手を伸ばしても触れられない。
氷はきりきりと胸を冷やす。
子どものころもたびたび感じた疎外感だった。


幸也の部屋を出た直後、未野はゆかりに電話をかけた。伝言をうながすメッセージが返ってくるばかりだった。腫れぼったい目を癒すためにカフェですごした。


しばらくたってゆかりが電話をかけ直してきたころには、打ち明ける気が失せていた。恥ずかしいことのように思えてきていたのだ。


友人は沖縄県出身の未野のことを、
「のんびり加減がさすが沖縄」
だとか
「南国育ちの超天然」
と評する。
郷里ともども褒められているようで素直に喜んでいたのに、現状を鑑みれば
「世間知らずのお人よし」

「なんにも知らない能天気」
と言い換えてもさほど意味は変わらない。


幸也に服を持ち帰るよう言われた理由を見抜けず、素直に従ったことを思い返すと自己嫌悪で体が燃える。


そういう気分でいたせいで、未野にとっては当初、<パレスハイツ>の大家が張り出した朱色の文言は壁紙の模様程度の意味しかなさなかった。一瞥をくれただけで階段をのぼり、ふと気がついて立ち戻った。


<深夜十二時以降、日の出まで外出を禁ず>


入居規則としてゴミの分別について張り出されているのなら見たことがある。特定宗教を断る張り紙を出しているところだってあるらしい。
だが、門限を定めるのは神経質も度を越えているというものだ。


「日の出」という大仰な言葉づかいと、達筆な筆致の組み合わせが不気味だった。


未野は思わず腕時計に目をやった。十一時近い。ほっとしたのと同時に自分の行為に眉をしかめた。守らなくちゃならないわけでもないのに。


時代錯誤な規則を設けるほうがヘンなのだ。

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鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)