鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)
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鉄よりも、重い夜


手の甲に何かが落ちてきたとき、驚きはしたものの、悲鳴はあげなかった。


落下物は固体で、さほど重さを感じさせなかった。ラックの付属部品か何かだろう、と思った。


頭にもぽたりと落ちてきた。反射的に手をやったのだが、つかみ取る寸前には正体を察していたような気がする。
すでに包みこんでしまっていた手の平を、虫の触角と細かな棘がくすぐった。蛍は部屋のどこかで死んでいた。
キーホルダーを放り出してしまったのだ。


最初の絶叫は途中でかすれて消えた。創傷めいた痛みで喉が焼けついた。それでも悲鳴は腹の底から突きあげて、声を失った喉の代わりに眼窩をすり抜けるように思えた。
飛び出さんばかりに見開いた目で天井を凝視する。


一面がもぞもぞと動いているように見えた。宙を舞う羽が空気をかいて、ふわりとした感触を頬に寄こす。


突然後ろから抱きすくめられて、未野は暴れた。
だが、振りまわす腕には力が入らず、すぐに別の恐怖が胸に満ちる。息ができない。空気が胸にたまる一方で、吐き出せない。肺が吸気することばかりに執着する。


温かいものが口をふさいだ。
未野は必死で身をよじり、背をそらして暴れたが、動作のすべては力ずくで押さえこまれてしまった。



機械室のドアは閉じている。
大家は室内のおそらく片隅に立ちすくんでいた。真ん中なのかもしれないし壁ぎわなのかもしれないが、判別はつかない。


<声>は非常用電源も見逃してはくれなかったが、その他については指示しなかった。
作動中の計器の小さな赤い点と猫の黄色い瞳が闇の中でふわふわ漂う。大家を取り巻く黄色い点はまたたきをくり返し、赤い点だって見続けていると闇にとけて距離感が定まらないように思える。


噛みつかれた耳たぶがじんじんと脈を打ち、大家はそれを無意識に数えていた。痛みは耐えられないほどではない。感覚のどこかが麻痺しているのだ。
心もどこか遠くにある。猫が襲いかかってこないだけ、しあわせなのだ。


「猫が申し訳ないことをしました」
と闇の中でだれかが言った。

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鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)