鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)
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鉄よりも、重い夜


夜がふけて、猫の鳴き声がかまびすしくなると、大家の頭蓋に人語が響く。
なぜ、われわれの存在を認めない、とその<声>は言う(ような気がする)。
世界のありかたはわれわれが決定する、と言い張る(ような気がする)。


そこで大家はクリニックから処方された薬を飲む。猫の玩具[おもちゃ]を腕に抱えて外へ出る。群がる猫はどれも炭色で、街灯の明かりの及ばない物陰から抜け出てくる。闇から続々と鋳出[いだ]されてくるかのようだ。黄色い目で大家を睨み、牙もむ剥く。甘える声にはどこか鋭利な響きがある。


<ラビッちゅ>や<にゃんボ>というのは、兎の毛を使用した猫じゃらしや樹脂製毬[まり]の商品名で、大家はそうしたものを段ボールいっぱいに保管してある。両手で器用に扱って猫の狩猟本能を満たしてやるのだが、これには用心が必要だった。以前、手を抜いてあしらっていたら、小指の先端を噛み切られてしまったのだ。


大家が管理する<パレスハイツ>は六階建てだった。造りは堅牢で、最上階へのぼれば視界の遠くに佐賀城が望める。月額二十万の家賃は一帯の相場と比べると常軌を逸して高額だったが、狙い通り入居希望者を遠ざけていた。


数日前までは。


五年ぶりの入居者は、陣内ゆかりという名の若い女性だった。大家は落ち着かない胸をなだめつつ、賃貸契約を交わした。現にアパートを経営している状態であるし、単純に心強く思ったからでもある。頭の中で<声>が聞こえるのも、<パレスハイツ>の一部屋に引きこもり、衛星中継の映画と猫用玩具に囲まれた生活が悪かったのかもしれない。


それでも大家は念のため、階段わきの掲示板に入居規則を張り出そうと思った。朱の字で大きく、
<深夜十二時以降、日の出まで外出を禁ず>、
と記す。猫がもっとも現れやすい時間帯だった。


薬効が頭蓋の<声>を封じても猫はすぐにはその場を去らず、大家は玩具を慎重に扱いながら、猫は陣内ゆかりにもなついてしまうだろうかとかすかな不安を抱いた。

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鉄よりも、重い夜
沖縄タイムス連載小説(08.11.4-09.1.14)