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火を貸してと、頼んだけれど


短い夢からさめるといつだって、空は深い藍色をしているの。細い雨は今日もやまない。アスファルトの坂道をのぼると、丘の上で自動販売機と街灯が雨ににじんでいた。タバコをマッチにかざしたけど、どうしても火がつかなくて、ビーズ編みのケースに戻した。


冷たい雨の香りの立つ、丘のバス停でバスを待つ。近くに八畳ほどの緑があって、虫の音が聞こえている。ゆっくりと開いた朝顔の、花びらの露にさわろうとしたけれど、思いなおしてふれずにおいた。


しだいに空が明るくなると、海岸の町が煙霧の向こうに見えてくる。行き交う人々、行き来する車。遠くには海が広がって、舟が2艘[そう]浮かんでいる。誰かの乗った飛行機が、飛行機雲を引いていく。


空は真っ青なのに雨がやまない。太陽が見えているのにふり続く。自転車を押して歩く男の子はわたしにぶつかっても気にすることなく、坂道をのぼっていく。タクシーの運転手は缶のコーヒーを飲みほして、わたしに話しかけることもなく帰っていく。


みんなバスから降りてくるけど、乗るのはいない。海を眺めながら一服していく人もいる。火を貸してと頼んだけど、ダメだった。


細い雨の上で太陽はいつもと同じ孤を描く。バス停の影が道の反対にまでかかる。あかね空もすぐに薄れて、雨ににじんだ街灯がともる。


たくさんの灯が町を描いていく。バス停に車をとめて恋人たちが、町を眺め唇を交わして去っていく。一つ、二つ灯が消えていき、すぐにあたりは暗くなる。街灯の下にだけ、雨の細い線が見えているの。


やがて短い夜が明けて、昨日と違う人たちが同じ昨日をくり返す。自転車を押して歩くおじいさんはわたしにぶつかっても気がつくことなく、坂道をのぼっていく。


ずっと以前に時を失って雨に濡れず、体のぬくもりもなくして寒さを知らず、白く透けた肌のままの唇だけは紅[あか]いままで、誰もが忘れ、誰のことも覚えていないけど、最後に見ていた夢だけはどうしても思い出そうと火にタバコをかざしても火はつかず、しかたなくまたケースに戻す。


そうしていつか気がつくと、雨に濡れてた朝顔が、花を落として枯れていたの。
ああ
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