飛行機が嫌いで、それどころか空港そのものもかなり嫌いです。
あの時、波が落ちてきたんだった。夏色一色の空でせっかくのビーチ日和だったのに、いきなり目のまえに山、山というより壁、だな。海水でできた壁が目のまえ一杯にドーンと盛りあがっていた。さっきまで青かった波はその時にはもう青というより黒に近かったと思う。太陽がさえぎられて周りが暗くなってたし。
で、その海水壁はワシャワシャと泡立っていた。金髪色黒のサーファーが乗る波みたいに(青)黒い海水壁がてっぺんからボコボコ崩れていった。連中は高い波を見ると興奮するって聞いたけど、いくらなんでもあの海水壁じゃ無理だろ。だって高さ数百メートル級だもの。ひょっとすると1キロはあったよ、あの壁は。泡は細かく砕けて雨みたいに降ってきやがった。
ビーチにいた地元民も観光客も全員死んじまった。ビーチそのものもなくなったし。遺体は一体も出ないし、だから人食い波なんて言われてて、ある意味当たってる。研究本なんかじゃよく「大津波」なんて表現されてるけど、ふざけろよ。そんな生易しいものじゃなかったよ。
で、人食い波の音がジャンボジェットの音にそっくりで、空港の近くだと聞こえることがあるわけだ。あれは飛行機が着陸するときかな? 瞬間風速百メートルくらいはありそうな轟音だ。
そんなら空港へなんか近づかなければいいのに、社会人ともなるとそうもいかない。どういうめぐり合わせか台湾に出張することになってしまった。
入社するときに「台湾エノ出張アリ」なんて書かれていたか?書かれていたか。書かれていたかもしれないな、たぶん。会社案内とか雇用契約書とか就業規約なんて読んでないからわからない、正直。理由はとくにないけどただ読まなかった。じゃあ、読んでいたら面接受けなかったのか、と考えるとやっぱ受けたと思う。これも理由はよくわからないけど、結局そういうことになるんだ。
世の中ってあらかじめなにもかも決まってるようなもんで、いや、本当は決まっていないのかもしれないが、どのみちなるようにしかならない。
それはともかく、とにかく空港は嫌いです。
まあ、空港の内部はまだいい。爆音はなかなか聞こえてこないから。でも飛行機に乗ったらそうもいかない。修学旅行で一度乗ったことがあるからこれは自信を持って言える。
ジャンボジェット旅客機の爆音と人食い波の轟音は非常に似通っています。
修学旅行は往復飛行機を使うことになっていた。窓際のシートに座っているとシートベルト着用のサインが出て、機内のテレビが緊急脱出用の説明を始めたときにジャンボのエンジンがかかった。フラッシュバックってやつかな? 一瞬人食い波に食われかけたような気がして、危うくトチ狂っているとこだ。さらに帰りもだなんて命に関わる。
先生に、歩いて帰ると泣きべそまでかいてお願いしたのに、まさか全体行動を乱す要求が通るわけもなく、結局2度狂いかけた。
アレは直前がヤバイのです。
飛行機が飛び立つときが。パワー全開するからか? とにかく飛行機が滑走路をダッシュする寸前のあの音はほとんどこの世界「以外」から響いてくるようで、ケツの穴から首根っこまで毛[き]ぶる立[だ]っちゃー。
で、コックピットでは機長殿が目一杯エンジンをふかしてふかしてパワーを上げて、あげくの果てにブレーキ解除。反動で身体がシートに吸いつけられる。消防車の水圧みたいだった。もちろん人食い波ほどじゃあないが。
だから、空港嫌いになったのは正確には高校生以降のことだ。それなのに何の因果か今日また飛行機に……。
待合室は混んでいない、けど閑散としているわけでもなかった。並べられたプラスティックのイスは適度に空いている。おやじが座って一つ空いた向こうにカップルが座ってというふうに、赤の他人同士が神経を使わない程度だ。
この雑誌のクロスワードパズルに似ていないこともない。いわば、黒い四角が搭乗待ちの客で、白の四角には誰もいない。縦の鍵、横の鍵すべてのキーが解けたら満席だ。
|